道楽者の詩

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18歳になったら投票に行こう、何故行くべきなのか

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来る週末 7月31日(日)は、選挙権が18歳以上に与えられて2度目の大きな選挙、立候補者が21人という東京都知事選挙の投票日です。選挙戦は、最後の週末を終えまして、第四コーナーを廻って最後の直線に入りました。

各社から世論調査の結果が発表されていますが、場合によっては作為のある数字や発表の仕方をする場合もあるので、有権者はあまり信じなくてもいいのではないかと思います。

 

今回は立候補者のことではなく、「18歳になって有権者となったら、住民の義務として、自分達のために投票に行こう」ということを申し上げたくてこの記事を書きました。

 

自分が選挙権を与えられた20歳の頃を思い返せば、意地でも選挙の投票なんかには行かないという、ひねた信条を持っておりました。議員とか知事とか公務員といわれる、税金で買い物し、税金で生計をなす連中が大嫌いだったので、それらに関わることがとてもイヤでした。投票をするということは、その人には税金で生計を立てることを認めるということになりますからね。それも人柄も能力も分らない人、口先だけのことしか分らぬ人に「投票」というのは無性にイヤでした。

 

 

何故投票に行ったほうがいいのか?

そんな私が「投票には行くべきだ」と、声を大にして申し上げたい。立候補者のためではなく、自分たちのために投票に行くべきだと申し上げたい。このように考え方が180度変化したのは、某選挙戦において、現職に対抗する某候補の秘書を務めたことがきっかけです。有権者側の事情だけでなく、反対の立候補者側の事情が少し理解できたということです。

ひと言で言えば「自分たちのために投票する」といいうことです。特に若者にはどうしても投票に行ってもらいたいものです。

 

大阪都構想の住民投票や、イギリスのEU離脱に関する住民投票の結果は記憶に新しいところです。どちらの住民投票も結果は僅差でしたが、若者層の希望ではなく、年配層の希望どおりになりました。若い人たちが積極的に投票すれば(投票率が上がれば)、明らかに結果は変わっていました。特に余命が短い人たちの希望にかなう結果はおかしいと思いませんか。

bluesboy.hateblo.jp

 

個人的には、余命に応じて一票のウェイトを変えるとか、一定の年齢以上は投票権を剥奪するとかしたほうがいいのではないかと思うことはしばしばありますが、それよりも先に、余命の長い人たちは自分達のできることとして投票率を上げるべきでしょう。

 

住民投票だけではありません。一般の選挙においても、候補者は票の得られそうな政策を前面に押し出します。票を入れてくれない人よりも、票を入れてくれる人に力を入れるのは仕方のないことです。

どこの店でも、売れない商品よりは、売れる商品を店頭に並べるのはごく当たり前のことです。立候補者にも同じ事が言えます。候補者は、投票率が高い(投票総数が見込める)年代に向けた政策(商品)を立案するのは自然なことなのです。

 

組織票は仕方がないにしても、最近では当落の重要な要素である浮動票(無党派層の票)は非常に重要な一票と認識されています。仮に若い人たちの投票率が、高齢者の投票率を大きく上回っていたら、立候補者はどこを向いて政策を立て、どこに向けたアピールをすると思いますか?、投票率を上げるということは、すなわち「有権者が立候補者のお客様になる」ということなのです。残念ながら、現在は年配者のほうがより大切なお客様になっているのです。

 

 

誰を選んでいいのか分らない、どうしたらいいの

「自分が一票を投票しようがしまいが結果に影響はない」とか、「誰に投票したらいいのか判らない」など、投票に行かないということを正当化する理由はいくつでも探せます。それは承知の上で、それでも投票には行くべきだと進言します。「白紙で投票してもいい、アイドルの名前で投票してもいいから投票所には行きなさい」と、わが子たちには言いつけています。

 

投票する人は決して知識人や有識者ではないので、誰を選ぶかを検討する際に必ずしも難しいことを考える必要はありません。現実問題、立候補者のほうもイメージだけで具体的なことは言わないことが多いし、政策(考え方)の違いを明確にしないことも多いので難しいところではありますが、自分のしてもらいたいことを主張している人か政党を選べばいいのです。

 

愚妻などは、「とにかく老後の年金を何とかしてくれる人」と屈託なく言います。若い人から金を集めて、年寄りに回してくれる政策を実行してくれる人とがいいという意味ですが、若い人はそんな人はいやですよね。でも選考の基準はそんなのでいいのです。

例えば消費税率変更の延期に関して、消費税を上げないと「福祉の予算はどうするんだ」なんてことまで考慮するのは、できる人はすればいいですが、それで結論がでなくなるのであれば必ずしも考慮しなくてもいいのです。単に、増税延期に反対か賛成かだけ(ある意味身勝手なことだけ)考えればいいのです。そういった一人一人の意向を汲み取って総合的に決断するのは議会の仕事です。とはいっても税金泥棒のような議員もいるとは思いますが。

 例えば今回の都知事選挙に関して、「保育」「介護」に関しては概ねどなたも同じような結論ですが、「外国人参政権」など、候補者によって考え方が違うような論点もあるようですね。その一点についてだけであっても、賛同できる政策(考え方)をしている人がいればその人を応援するという意思表示として「投票」をすればいいのです。投票に行けなくなるほど難しく考えることはありません。

 それでもどうしてもわからなくて選べなければイメージだけで選んでもいいし、最悪白紙で投票してもいいのです。投票に行かないよりはよっぽどマシなのです。

 

選挙管理委員会では、誰が何と書いたかは把握できませんが、誰が投票に来たかは把握できます。ですので、年代別投票数、投票率は発表されます。この結果は、次の選挙では必ず政策に反映してくるはずです。ですから、最悪白紙で投票してもいいから、自分たちのために、私たちは監視していますよということをアピールするためにも、投票には行くべきなのです