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道楽者の詩

写真とカメラ、山登り、ギターをはじめ、日々の私情をつらつらと

堂々と自由でありたい

身の上話

今週のお題「2017年にやりたいこと」

 

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はてなさんからのお題がありましたので、それについて思うところを書いてみようと思います。

 

「やりたいこと」ということですが、昨年から始めた山登りと、現在640本となっている滝行脚を700本くらいにはしたいと思っております。でも、出来なくてもまあいいかとも思っています。

しかしこの年になると、そんな物質的なことよりも「こうありたい」と思うことがあります。

 

そもそもなんで1年で区切らなきゃならないのか、目標を明確にしなくてはならないのか、そういう儀式は苦手なのです。何故苦手なのかというと、出来なかった時にはえらく責められたトラウマが大きいのでしょう。かといって出来なかったとしてもまあいいじゃないか、では最初から目標なんて立てる必要はありません。

査定されるサラリーマンは大変ですよね、なんでお前に査定されなきゃならんのじゃ、と思う事もしばしばでしょう。お察し申し上げます。

 

私は物心付いたときから、「やりたいときに、行きたいところにいって、やりたいことを、やりたいようにやる」というのが性にあっております。簡単に言えばわがままなのですが、理想です。「昼寝をしたいときには寝てしまおう」というのも含まれています。

 

しかし働いている間はそうはいきませんので、それなりに勤務して来ました。残業手当はゼロにもかかわらず、残業200時間/月 で一人前などといわれ、タイムカードもない職場に20年勤務しておりました。まさに今で言うブラック企業ですが、まあそれなりに楽しくて、10年以上定時に出社したことがありません。遅刻届を出したら丸めてポイする上司もいました。まあムチャクチャです。

そうかと思えば、背中に大きな彫り物のあるお方様にこき使われていたこともあります。もちろんかたぎのお仕事ではありますが、なかなか味わえないお勤めもしました。

 

そんなこんながありまして、やっと昨年「会社に所属する」という形から開放されました。年金を受給できるにはまだ数年かかるのですが、三人の子らは自分で収入を稼げるようになったので、とりあえず自由にさせてもらいました。

 

これで自由になれたと思ったら、なかなかそうはいかなくて、やはり周囲の目は気になるのです。堂々としているのは気が引けるものなのです。抑圧から完全に逃れることは出来ません。

 

でもこんな生活も一年も経過すると、家族の皆様にもなんとなく慣れていただけたようなので、今年は、あまり引け目を感じずに自由でいたいと思っています。お小遣いなんかほとんどありません、食べ物も毎日一食はインスタントラーメンです。それでもいいから自由でいたい、堂々と自由でありたいと願っているのです。